五の章  さくら
 (お侍 extra)
 



     山茶花  〜 その二




 もう既に不自由なくその身を動かしていた久蔵だったので、今更という感もなくはなかったものの。それでも…お医者様からのお墨付きも下りての、ギプスを外すという目に見えての全快という身となれたのは嬉しい報に違いなく。そうそう派手なものにするのは何ですけれど、こういうことは縁起もの、是非とも快癒のお祝いをしましょうと言い出した七郎次が、それへ向けての買い物に出たのへと付き合ったのが翌日のこと。
『そうそう・そうだ、そうだったvv』
 と。今にして思えば妙に白々しくも思いついた風にて連れ込まれたのが、彼には顔なじみらしい仕立て屋で。腕のギプスがどうしても邪魔をして、着るものへの制限をかけていたのがやっとのこと無くなったのだから。借り着生活よ さようなら、新しい衣装を誂えましょうと運びたかったのらしく。それへこそ別段不自由は感じていなかった久蔵としては、
『島田も…。』
 自分だけじゃあない、あの御仁もまた着たきりスズメには違いないとの反駁をしたものの、
『ええ勿論、勘兵衛様にも誂えますよ?』
 ほれ寸法は既に測らせていただいておりますと、にっこり笑って一枚のメモをひらひらと見せる七郎次であった辺り、そんなところへの抜かりがあろうはずもなく。そこで数刻ほどかかってあちこちの採寸をされ、型選びや布選び、合間合間の世間話などなどに翻弄されまくり。慣れぬことへのお付き合いに、判る人にしか判らぬながら、やつれ毛が何本も立ったような疲労をこっそり見せてた次男坊。よく我慢しましたねと苦笑したおっ母様から、先に戻ってて下さいなとやっとの放免を授かって。ただし…と課せられたのが、その後に運ぶつもりでいた正宗の工房へ先に寄って、お使いものをば渡すこと。蛍屋の一番板さんが得意とする栗芋きんとんを重箱いっぱいに作っていただいたの、コマチに渡せとのお使いを果たしにと。町外れの、それでも以前いたところよりは上層で開放的な区画の工房、ひょひょいと訪のうた久蔵へ。

 「久蔵様ですか? ようこそですvv」

 村に居たころからも恐れ知らずだったコマチが気さくに声を掛けて来、金蜜色のきんとんに わあとはしゃいでお茶を淹れて下さって。お持たせながら、久蔵殿もお茶して行けと勧められ、春めいた陽の差す中、宙空に突き出た格好の 張り出し縁側へ床几を出してのお三時と相なっての、さて。

 「久蔵様はどうするですか?」

 他意も悪意もなくのあっけらかんと、幼い声が問うて来たのが…他愛ないことのようでいて、その実、目下の久蔵にとっては一番の難問となっている煩悶のタネだったりし。それが証拠に、
「…。」
 お酒が飲めぬ分、甘いものは好きな久蔵のその白い手が、どこまで何を拾ったものか、取り分け小皿の上でつと止まる。そんな彼の様子には気づかなんだか、
【 どうするってなぁ何の話だ? コマチ坊。】
 仮の躯だという大鎧、どこか以前の彼のそれとよく似た擬体に生体ユニットを据えられた菊千代が、彼もまた それがリハビリだという不自由そうな動かしようで、黒文字のサジを操りながらも、小さな許婚の言いように省略された部分を問うたれば、
「だって、勝の字の次にはゴロさんやヘイさんも、そのうちどっかへ行っちゃうって正宗さんがゆってましたもの。」
 皆していなくなっちゃうのは寂しいですと、物憂げなお顔で口にしたコマチであり。どうやら、久蔵までもが“何処か”へ発ってしまうのなら それもまた寂しいと言いたいのだろう。

 「久蔵様はおっさまが気になってついて来たのでしょう? だったら…。」

 最初は敵方、あの憎っくき右京の側にいたものが、神無村を守る側へと参入して下さった、若いのにとんでもない腕っ節をした練達の君。他のお侍様たちと同様に、勘兵衛の実力や人柄へと惚れ込んでついて来たものと疑わぬのも無理はなく、そこを子供らしくも飾らぬ言いようですぱりと言ってのけたところが、

 「???」

 当のご本人は…どこか怪訝そうなお顔をして見せて。勘兵衛への関心の色合いというもの、深く取り沙汰したことはないのだろうかと、あれれぇ?とばかりにコマチが小首を傾げておれば、

 「斬る。」

 それは短いお返事が返って来た。しかも相当に物騒な。
「きる?」
 思ってもみなかった方向のお言葉であり、抑揚が浅いこともあっての、意味合いへの変換ができなかったコマチへは。こちらさんも表情のなさではいい勝負なところ、それを補って余りあるオーバーアクションで相殺していた菊千代が。きんとんをお茶で流し込んでから、即妙な付け足しで解説して差し上げていたりして。
【 あれだ、刀の勝負で鳧をつけてぇんだろ?】
「ありゃりゃあ。」
 そういえば。コマチも菊千代も、勘兵衛と久蔵とが初めて対峙した折に居合わせたクチだ。初対面だというに、いきなり真剣を噛み合わせての叩き合いを始めてしまった侍二人。当時はまだ、勘兵衛がどれほどの使い手かを感じ取れてはいなかったコマチが、こちらの若い練達と互角に刃を繰り出し合ってた彼を見て、何とお強いことかとあらためての息を飲んでしまった立ち合いでもあって。
【 ってぇことは。勘兵衛についてくんだろ?】
「ついてく?」
 今度はコマチが小首を傾げたのへと、
【 神無村とか虹雅渓とかには、まだ何かと顔が指すかも知れないから、モモタロはともかく、自分は居着かぬ方がいいのかも知れねぇと。勘兵衛は言ってるそうじゃねぇか。】
「…。(頷)」
 そもそもは七郎次が繰り言のように言っていたことながら、勘兵衛にもそして久蔵にもそのくらいの道理は判っている。というより、七郎次はあくまでも“大っぴらに表立っての行動をなしてはなりませぬ”と言っていただけ。もしかして…多少は荒ごと絡みな運びになっても、その責は自分が負っての姿を晦ませばいいとかどうとか、相変わらずに大胆不敵な覚悟をもってしての無茶をしかねぬ御主を警戒してのこと、自分が成り代わって手配しますからと言い張っていたまでであり。勘兵衛へだけじゃあない、彼と関わりを持つ者全てへも塁が及ぶのだから大人しくしていて下さいと、そういう方向で持ってけば ぐうの音も出なかろと思ってのこと、そんな言い方をしていたらしかったのだが、

 『ならばいっそ、何処か他所にてほとぼりが冷めるのを待った方がよかろう』

 此処に居続けるというのもまた、それと気づいた者らから何をどう邪推されるや判らぬと。七郎次の言いようへちゃっかり便乗し、何処ぞかへ離れてゆくつもりらしい言いようを洩らしていた勘兵衛で。堂々と零していたということは、人知れずこっそりと消えるつもりがないってことじゃないのよと、雪乃が何とか宥めたが、

 『だが、こそこそしていない分、引き留めようがないじゃあないか。』

 此処から出てゆくつもりには違いないのを、やはり引き留められなかったのが何とも歯痒い。こう言えばああ言う、ああすればこうすると、どう立ちはだかってもやりたいように持って行きなさるところは、全くの全然お変わりないのが口惜しいったらと。引き留められないことが悔しいのか、そうと持ってった手管に してやられたのが悔しいのだか、よく判らないような言いようをしていたっけと。ああまで至れり尽くせりで周到な七郎次さえ、あっさりと手玉にとってしまった勘兵衛の相変わらずなところを、ついつい思い出しておれば。

 「でも…コマチは、久蔵様はモモタロさんが一番好きと思ってましたのに。」

 侍たちを好きなように呼んでいたコマチが、七郎次につけたあだ名が“モモタロウ”。救命用のポッドに入れられ、虹雅渓へと流れ着いた話を聞いて、皆してドッと沸いて以降、ずっとそう呼んでいる彼女であり、

 「だから。
  おっさまを何とか言いくるめて、蛍屋のご近所に居て下さいと、
  モモタロさんと一緒にお願いするのかと思ったです。」

 どうやら彼女の中ではそんな順番になっていたらしい。何だったら神無村でかくまってあげてもいいですよ?とまで言い出したのへは、さすがに菊千代が、
【 だからそれじゃあ不味かろうっていうんで、しばらくどっかへ姿を晦すって話になったんだろうがよ。】
「でも、そんなの何か変ですよぉ。誰もいけないことなんかしてませんのに。」
 皆で悪い奴を懲らしめただけなのに。放っておいたら村が燃やされちゃうトコだったから頑張っただけなのに。何でおっさまたちが隠れなきゃいけないんですか?と。これまた素朴なところを訊く許婚へ、それはあれだ、あのその…と答えように窮している菊千代なのは、それがまた楽しいのだろうからと
(?)放っておいて。


  ―― す き ?


 あれれ?
 どうしてだろうか。
 胸のどこかで、妙な動悸が とくんと撥ねた久蔵だった…。







       ◇



 衣紋の裾をばさばさとはためかせ、紅の痩躯が風を切って穹を翔る。そんなところにまさか人が居ようなんて思わぬか、誰の視線も来はしないし、たまさか掠めたところで気のせいかと思うだけ。鳥が空をよぎって落ちた陰じゃあないかと思うほど、それほどに俊敏な身のこなしで駆けている彼であり。屋根の上やら排気孔の煙突、尖塔の頂きなどを巧みに足場にしての跳梁は、だが、身軽な彼にとっては単なるお散歩レベルであるらしい。

 “…。”

 そういえば。戦後からのこっち十年という歳月のほとんど、この街へと身をおいていた自分だというのにね。こそりと見回る街のあちこちにも、当然のことながら見覚えはあるし、この時期は荒野から届く砂塵を含んでくすんでしまう、曖昧な空の色の案配も何とはなく覚えているのだけれど。そういったあれこれに、身に馴染むとか懐かしいとか、そういった親しげな感触はあまりしなくて。幾層もの階層に分かれての入り組んだ構造といい、鉄骨や廃材を渓谷にめり込ませたような不自然極まりない街並みといい、此処があまりにも人工的なものの寄せ集めという街だからだろか。

 「…。」

 直前までいた神無村の、椿の小道や古廟への木立、橋向こうの草原に鎮守の森の森閑としていた佇まいの方がよっぽど、ああ懐かしいという感触を想起させるから不思議。単なる散歩じゃあない、巡回と意識しての外巡りだからだろうか。だが、そんな出歩きは以前だってこなしていたのにね。その時もやはり、こうまで余所余所しいところだという感触、その身に拾っていた自分だったろか。中層の街並みの外れ、尖った屋根の上。排気用だろう煙突の先に立ち、その痩躯も塔の延長であるかのように溶かし込んでの立ち尽くしたまま、町の全貌を眺めやっていた久蔵だったが。衣紋の裾をはためかせ、頬を叩く風はまだ少し冷たくて。余計なことへと持ってかれそうになる意識をきんと冴えさせては、ハッと我に返させてくれる。ああ、もうそろそろ下層へと降りてかないと。ただの散歩だとしても、こんな方法の外出なだけに、時間をかけてちゃあ心配される。

 「おや、お帰りなさいまし。」

 上の階層を一通り見て回ってののち、昇降機も使わずの身軽に飛び降りて最下層まで戻ってゆく存在が。そうとなってもやはり、大きめの燕のようなもの扱い。謎めいた影が見えたと騒がれないのは、その動きが俊敏なその上、このくらいの時間帯には丁度、下層へと雪崩込む、上層の建物の影の中へと紛れ込めるせいもある。そんな彼が辿り着く先には、癒しの里の象徴のような大行灯が浮いており。時には随分と階上の、廻り回廊や窓なぞからという突拍子もない帰還を果たす久蔵へ、だのに動じもしないでにこりと愛想を振って下さる女将へと、

 「…。」
 「何ですか?」

 物も言わずに手を延べて見せ。小首を傾げながらも応じての、上を向けての手を差し出されるのへ、いつも ころりと手渡すもの。

 「あらあら、今日はアンズの飴ですね。」
 「…。(頷)」

 前に一度、やはりこんな風に帰って来た折に、出合い頭となってしまった下働きの少女に悲鳴を上げさせてしまい、やっぱり飴玉を渡して逃げた彼だったとか。そうすれば場が収まると思っているらしいこと、なんとも可愛らしいなと思った雪乃だったが、

 『それはまた…。』

 一部始終をそのままを話したところ、聞いてくれたこちらも金の髪した美貌の元幇間さんは、その双眸をただただ丸く見開いて見せた。というのが、あの若いお侍様、整い過ぎた風貌から醸される、冷然とした空気を帯びておいでの印象そのまま、やはり…そんな方向への臨機応変を思いつけるようなお人ではなかったらしいそうで。だとすれば、

 『何かの拍子、どなたかから教わったのかも知れないやねぇ?』
 『……あ。』

 雪乃の言いようへ、そういえばというよな声を上げたそのまま、思い当たるようなお顔をしたマゲの人。先まで居たところで、幼子をあやすのにそんな手立てを使っていた誰かさんだったのを、たまさか見ていて覚えた久蔵だったのだろと。遅ればせながら気がついたらしい七郎次だったのが、きりきりお言いと問い詰めずとも手に取るように判って…楽しいったらない雪乃だった。まったくもうもう、どのお侍さんも可愛いったらないと。

 「七郎次さんには渡さずともいいのですか?」

 彼の前では“あの人”と呼ばぬ、そんな女将であることに気づいているやらどうなやら。こくこくと頷くので、そのまま受け取っていいらしく。と、そこへ、

 「おや、久蔵殿。今お帰りですか?」

 日頃はきゅうと引っつめに結っている髪を、さらりほどいた誰かさんが通りかかる。束ねておれば、闊達で凛々しいばかりの、冴えがあって溌剌としておいでな彼だのに。頬にうなじにと流すよに、その髪さらりと ほどいてしまうと その途端。涼しげな落ち着きの中に、尚の優しさ、嫋やかな繊細な印象を押し出すから不思議。誰が言ったか罪なくらいにお綺麗な美貌の君へ、

 「…。/////////」

 それは無防備に、どうかすると無邪気にも通じるほどの屈託なく。慕っていること隠しもしない潤みを増したる眼差しになってしまう久蔵なのが、見ている雪乃には我が胸をやわくつねられるほど切ないくらい。あとは寝るのみの夜半ともなれば、七郎次だけが母屋の部屋へと引き、久蔵は壮年殿の傍らに居残る段取りがどうにも不思議でならず。だが、それもまた彼らの間での決まりごとなら仕方がない。自分が口出ししてはいけないと、見て見ぬ振り、気づかぬ振りで通しておいで。

 「まったくもうもう、身軽な格好になったらもうこれだ。」

 新しくあつらえたいで立ちは、だが、結局のところ、もともとお召しだった衣装を微妙に色を違えただけという代物であり。まま、久蔵に限っては…この街ではかつて差配の用心棒として綾麻呂のすぐ至近についていた身。屋敷内での警護役がほとんどだったので、関係者以外には顔も知られておらず。微妙なところだが素性を隠す必要なんかない身ともいえるので、極端に変えずとも良いといや良いのだが。

 “いかにも戦闘服だって型ですのにね。”

 聞けば、南軍にいたころに属していた特殊部隊の制服だとか。平八の衣紋もそうだと訊いたが、こちらの彼の場合は…物持ちがよかったというより、単なるずぼらから着たきりスズメでいたのではなかろうかと思われて。ならばと、今時の身軽な服装をあれこれ推してみたのだが、

 “………この格好が一番映えたんですものねぇ。”

 見慣れていたせいも多少はあろうが、それよりも。その姿での鮮やかなまでの活躍が よほどのこと強い印象となって焼きついてでもいたものか、他の衣装だと今ひとつ しっくりこない。そうまでも、反対のしようがないほど似合っていたのでは仕方がないじゃあないかと、苦笑するしかなかったり。ちなみに、勘兵衛が選んだいで立ちも、以前の砂防服と似たもので、旅に出ることを要としているのがありあり判り。それへとやはり 強く引き留められなんだ自分の及び腰がまた、歯痒かった七郎次だったのは言うまでもない。そんなおっ母様へもということか、久蔵が手を延べて、
「おや、これは角屋の飴ですね。」
 どういうご褒美なのだか、赤い色のを1つ貰えた。ここは駄菓子屋でもないのに小分けしたのを並べている良心的なお店でしょう? アタシも大好きなんですよと微笑って見せれば、
「〜〜〜。////////」
 ああそうですよね。大好きな人が嬉しいって言ってくれたら、喜んでくれたら、そういうお顔になりますよねと。表情はさして動かぬながらも、目許が潤みを増してのきらきらと、そりゃあ綺麗に張りをもっての輝いたのが雪乃へもようよう判って。


  ―― お前さんもつくづくと罪なお人だよねぇ。


 髪をほどいていたのはお風呂ですよと呼びに来たせい。多少は自由が利くようになったと言ったって、髪やら背中やらを洗うのへ、手を貸してあげないと途端にカラスの行水へ戻る誰かさんなので。店が立て込む前に さあさ入ってしまいましょうとのお迎えに来たおっ母様。着替えを持って風呂場へと、皆まで言わさず“承知”と頷き、
「…なんでまた窓から飛び出すかね。」
「そのほうが早いからでしょう?」
 くすくすと笑いつつ、後を追うように…こちらさんは階段を使って降りてく途中。つと、雪乃が口にしたのが先の呟きだ。おやおやと七郎次が眸を丸くしたのは言うまでもなく、
「罪な…ってのは、そりゃまた穏やかじゃあない言われようだねぇ。」
「だって。」
 言うつもりはなかったけれど、でも。見ているこっちが悶えてしまうほど、ああまで懐かれているというのに、何でそうも落ち着いておいでかと。ここから旅立つつもりでおいでらしい勘兵衛様、ということは…という状況なんだのに、相変わらず過保護なくらいに構いつけてはいながらも、微妙なところで素っ気ないほど型通りな態度を見せてもいる七郎次なもんだから。そういう機微には通じた身ゆえ、それをちらちらと感じてしまう雪乃としては、気になるあまりのついのこととて、久蔵の側の肩を持ちたくなってもしようがない。
「毎日の見回りを始められたのだって、何かしらを紛らせておいでのようにも見えるじゃないか。」
「そうだろか。」
「気がついててそんな言い方をしているのなら、あんたも相当…。」
 性
(たち)の悪い意地悪になったねぇと言いかかり、だが、思い直して苦笑する雪乃だったりし。
「なんだよ。」
「いえね、余裕がついたってことかしらねと思って。」
 だってサ。先の秋口に、あんたが倒れた騒ぎン時。手当ても見ずに神無村へ帰った久蔵様へ、あんたあれほど“どうしたんだろ”ってオロオロしてたじゃないか…と。
“お相手を大事に思ってるってところはお互い様なくせしてねぇ。”
 七郎次が此処で5年もの間 ずっと待ってたお人は、間違いなくあの勘兵衛の方だろに。そんな彼への忠節や、強い強い絆のようなつながりと、匹敵しようほどもの想い合いをなさっているのが傍からも感じられたほど。久蔵からだけじゃあなく、七郎次の側からだって、大事なお人だとしておいでなくせにねと。懐かしい話を振って下さった女将へと、そうだったねぇと思い出したか。それにしてはやはり落ち着いた様子で小さく微笑った七郎次であり、

 「まあ、あん時は…俺の方で何の覚悟もしちゃあいなかったからねぇ。」
 「覚悟?」

 何だよ仰々しいと、黒みの強い目許をしばたたかせた雪乃だったが、こればっかりは内緒さねと、肩をすくめて先を行く。

 “今はもう、腹もくくってる。”

 それもまた、勘兵衛の牽制あっての運びのような気もするけれど。他はともかくこれに関しちゃあ、乗ってあげてもいいと思えた。久蔵は可愛いし、いじらしい子だとも心底思うからこそ、そんな彼を支えられる“大人”になってくれとの勘兵衛からの頼られようには、しっかと応じねばならぬ。季節の変わり目には強い風もまま吹くもので、それが思わぬ嵐にならぬよう、なったとしても足元掬われてしまわぬように。それでなくとも特別なお人への姿勢、情愛に呑まれての目が眩んでいちゃあいけないと、頑張らなくてはとの意識も強く、気を引き締めていたその矢先……






 そんな蛍屋を凶賊が襲ったのは、陽がおちればまだまだ寒い中、望月が煌々と目映かった凍夜のことだった。

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  *意味深な終わり方になってごめんなさいです。
   一気に書くのはここまでが精一杯でした。
(苦笑)
   それにしても意外に難しいのが、シチさんの一人称の使い分けでして。
   勘兵衛様へは“私”で、それ以外では“アタシ”としておりましたが、
   雪乃さんへはやっぱり“俺”じゃあなかろうかと…。

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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